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 122日

私が阪神被災したとき、4ヵ月後になにかがかわっているわけはなくて、震災は過去のものではなくて現在のものであったと思うんだけど、そのころ外の世界はすでに普通に戻っていたんだなって、今、外の世界にいてはじめて知った。当時はネットもなかったし、テレビなんてさほど見てなかったし、っていうか小さかったから記憶があまり無いんだけれど、周りには被災した人たちばかりがいて、遠くの国から届いた、手紙や文房具がときどき配られていたような気がする。空間として、あの日で時間が止まったようだった。でもたぶん、被災地の外では、普通に生活している人がいて、普通に楽しい曲が流れていたんだろうな。(そりゃあ、あの瞬間、文化は大きく変わったノダ、っていうひともいたんだろうけれど。)そういうこと、想像もできなかったけれど、今、仮想的に知った。批判しているんじゃないよ、ただ、そのときまで私は、自分の立場以外の人の事を考えられていなかったんだ。たとえば、阪神淡路から3年後、10年後、15年後といったとき、そこにいた人といなかった人の気持ちは、やっぱり違うものだとおもう。むかし、阪神淡路から10ねんめだね、また、テレビとか流れるのかなって友達と雑談したとき、「そんなのもう忘れられているよ」って笑って言った子は、たぶんなによりも冷静だった。っていうか、私以外みんな「えーそんなの流れないでしょ、いまさら」ってかんじだった。それはもちろん、完全に復興したんだっていう自負もあったんだろう、震災なんて過去のものにしてやったよ、っていう。ただそれ以上に土地によって違う震災にたいする温度差みたいなものを、それまでの10年間でみんな感じ取ってきたんだと思う。そしてそれをさみしそうには言わなかった。被災したことは孤独なことではなくて、被災地にはたくさんのひとがいたから、別にだれもかれもに同じ気持ちになってほしいなんて思っちゃいなかった。だって、外側の人たちにもたくさん、助けてもらったからね。いろんなひとが、やさしさかったから。結局「震災から10年」はテレビでは何度もとりあげられたけれど、それを、見る人たちの気持ちにはとてつもない温度差があったと思うんだ。被災してすぐ、梅田まで避難した人が、あまりに大阪が平常運転をしていて、純粋に驚いたっていう話もある。それって悪いことでもいいことでもなく、当たり前のことだね。私は今回の被災者の気持ちなんてわからないし、あのときの外の世界の人たちの気持ちもわからなかった。逆に、わかってほしかったとも思わない。その人の気持ちになる、っていうことはいつだっていいことのように語られるけど、わからないものを無理にわかろうとする必要ってなんだろう。だって、すべての人が同じ気持ちになることが正しいことなら、人間はこんないろいろにうまれなくてよかったと思うし、自分と違う考え方をする人たちと家族を作ったり友達になる意味が、なくなってしまうから。
なんてね。