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雨は、停止すれば星にも見える。

どうでもいいことですがパンをきらきらさせる絵文字に凝っています✨🍞✨(表示されない場合はパンがキラキラしている状況を想像してください)この無意味に誇らしげなパンの姿…!かわいい。と、いうようなことをツイッターに書いたらそれなりに反応があってみんなで「わあ、パンかわいいね、うふふ」ってほくそ笑むかんじになったし、神戸はパンの町です。あとケーキの町です。パン屋が大量にありすぎて、本当に小さな町にもだいたい3件くらいはあって、どこかがつぶれは新しく出来上がり、ケーキ屋とかはたぶん5件ぐらいあるしこっちは本当に覚える前につぶれては新しくできるし本当にパティシエ殺戮兵器みたいになっている、この街。小麦粉消費量日本一なんじゃ、と思ったけれどよく考えたら隣が粉もん帝国大阪だった。とにかく神戸はパンをこよなく愛しており、あちこちにパン屋があって朝はパンを焼く匂いがただよい、低血圧大魔王だった私は学生時代真っ青な顔をしながらその無駄に明るい匂いに囲まれて、「パン死ね…」とよく思っていました。パン。今も普通の食パンとかよりは焼きそばパンとかが好きです。本質的なパンを許せないというか(なんだこの日本語)、口の中の水分を保護したいタイプなので、芋・パンに対する敵意があります。
   
さて久しぶりの更新になってしまいました。本当に、本当に久しぶりになってしまいました。この季節はなにもかもがぐったりとして、本当にここ数日は大量に眠っては「うぐぅ」と呻いている。寝ると疲れが取れるのって、本当子供の頃だけだと思いますよ。寝すぎて体が重くて死んだ目をしていることが時々あって、そういうのってなんなんでしょうね。つじつまあわなくなってますよね、生物として。あと食べ過ぎで体だるいとか、気持ち悪い、とかも本当に生物として壊れかけ、ってかんじがして悲しい。生きることとははつらつとすることだと思うんだけれどなかなかうまくいかないよね。
   
マームとジプシー「cocoon」、観たのです。もうとにかく青柳いづみさんが…すごかった…。登場する彼女たちはとても懐かしいかんじがして、それはきっと私も女子だったからなんだけど、本当ならゆっくりと忘却されていく会話たちが、死の断絶によって、一瞬で消え、痕跡、になってしまうこと。今日マチ子さんの「cocoon」原作はかわいい絵でありながら、生々しくあるべき部分は容赦なく生々しく描かれていて、それがきっと、「それでも生きること」そのものだったと思う。死んでいくこと、蛆虫、銃弾。そんな「今」と、それでも生きて、いつか恋や子供を産むことだってあるかもしれないという「未来」がまだ消えずに、見えているということ。どのような地獄が目の前にあっても、幻のような夢のような「未来」は存在し続けること。そうした地獄と幻の共存。それがマームとジプシーの舞台にもはっきりとあって、それが美しくて、とてもよかった。それから、青柳いづみさんの演技。命とは「声」のことかもしれないと、思わされた演技でした。