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情報でございます

本屋さんで、実用書の棚を見たりすると、なんだか本が情報でございますという顔をして並んでいておもしろい。情報でございます本は作ったことがないので、そのありかたと、「でもこれも私が出してる"本"と同じ"本"」というその事実に、うどんとカブトムシが並んでいるぐらいの違和感を抱くのでした。うどんおいしいよね。カブトムシは味は知りません。本屋さんはつまり本を売るお店なので、本であればなんでも置いてあり、そしてその本というあり方があまりにも自由すぎるために、私は時々大量の本に囲まれながらここはなんのお店だったっけ…とか思うのでした。一貫性がない。人と同じぐらい一貫性がない。いや人よりないかな。とにかくうどんとカブトムシが、同じ炭素でできているからって炭素屋にならんでいるぐらいの違和感がそこにはあるわけです。
だから本屋さんはぼんやりと立ち尽くすことができてとても好きなのです。服屋だと入った瞬間に「お前が買う系のブランドじゃなくない?」みたいなオーラがでているお店だってあり、要するに売っているものにある特定のベクトルが付いていて、それがむしろブランドとなり、店としての価値を形作っているので、お客さんとして行っても「受け入れられているか否か」がすぐわかる。私はあんまり基本気にせずに入るんですが(他人の目などただの穴だと思っております、はははは)、それでもやっぱり、店員さんとか商品とかについているベクトルで、「私にはわからない」「わかる」がすぐ答えとして現れてさみしいな、とは思うのでした。ここにもしかしたら好きになるものがあるかもしれない!っていう期待を、できるだけ、お店に入ったなら持続したいですよね。そのためにはいろんなものがたくさんあって、とにかくうどんだろうがカブトムシだろうがあるような(実際はない)本屋さんは好きなのです。
ブランドではなく媒介を商品テーマとしているお店、つまり本屋やCDショップはおもしろいな、と思います。ありかたが。だって「炭素屋」とかあったらやばいですし、「料理屋」ってあったら、「え、なんの料理があるの?」ってまず思いますけど、本屋とかは「どの料理もございます」としれっと答えちゃうんですもんね。変なの。とかって思います。なんの話だろう。とにかく今日は本屋さんに行きました。(最後だけ日記)