春が来ちゃうわけです。

新しい詩集『夜空はいつでも最高密度の青色だ』の最終原稿を仕上げました。春のうちに出る予定です。緊張もしています。『死んでしまう系のぼくらに』は本当にたくさんの人に読んでいただいて、部数が記事にしてもらえたりもしたし、想像以上にたくさんの人に届いて、届けてもらえて、感謝しかないのだけれど、かといって、満足するわけでもなくて。最初から、詩は売れないとか売れるとか、そういうことはほとんど考えてこなかったし、ただただ読んでもらいたいという業の中にいるんです、私。読んでほしくて書く、書いたから読んでほしい。どれぐらい売れたらすごいとかそういう話と違ってゴールもないし、満足する日も来るわけがない。そしてだからこそ書き続けられる。そしてだからこそ次を出す。届け!ってまだ思っています。たくさんの人がみせてくれた世界の入り口。届け!と願えば届くんだって教えてもらえて、まだまだ先があるんだよとも教えてもらった。空を飛んで、世界は広いって教えてもらったような気持ちでいます。そしてだからこそ、次を出す勇気が出るし、届け!って思い続けることができます。ありがとう。春の新しい生活に、空気に、世界に、私の詩集も連れて行ってくれたらうれしいです。
     
ずっと空気の入れ替えをしていたい。冬は全てが冷たくて、何もかもが冷えていく。体の奥に命があって、でもそれだけは冷えないように体内が血をめぐらせている。世界と自分がちょっとだけ矛盾しちゃっているこの季節が好きです。ものを作るというのはちょっと不思議な作業だね。目的を設定しようとすればどこまでも現実的になるんだけれど、しかし誰もそんなもの本当は見ていないんじゃないか、とも思う。生きることに近くて、その生きるというその熱、血がどうめぐっているか、その違いによって、願うことが違っているだけじゃないか。私は読んで欲しいと思ったけれど、でもそれはたぶん、書くという行為、作るという行為が先にあって、その行為が私に影響を与えて生まれた願望でしかないんだよな。料理なんて興味ないけど、食べたいからがんばって作る、とかそういうのとはちょっと違う気がしている。だからいろんな目的があっても何かを作ろうとする人の話は、すべて同じようにまぶしく見える。勘違いかな。勘違いでもいいや。
    
谷川俊太郎さんが三好達治賞を受賞されました。谷川さんがデビューされたきっかけは三好達治さんであるのでこの受賞はなんだか、特別に思えます。谷川さんの受賞コメントが、素晴らしくてためいきついてしまいました。以下引用。

三好さんは六〇余年前、私の書いたものを初めて世に出して下さったかたです。その名を冠した賞をこの年になっていただくことになって、言葉に尽くせない感慨に襲われています。最初の詩集に序詩を贈って下さった三好さんは、私の次の詩集には苦言を呈されました。美しい母語の守り手であった三好さんの眼を、私は忘れたことはありません。
大阪市市民の方へ 第十一回「三好達治賞」受賞者が決定しました~贈呈式に100名を無料ご招待します~