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「どうでもいいな!」をくれ。

新しい概念を与えることが教えることなのか、教わって得られることなんてないんだと教えることこそが教えるという事なのか、わからないけれど、学校の読書課題とかで先生たちが推薦した図書一覧に、啓蒙的なタイトル(偉人伝とか経済の考えかたとかそんなの)ばっかり並んでああああああああという気持ちになったのは本当で、大人が子供に与えたいものを、子供は多分消化できない。言われたこと、決められたこと、要するに大人が与えてくるものに従えばいいのだという、もしくは従うのがバカバカしいのだという気持ちに囚われて生きているのを早く脱することだけが、あのころの私の唯一のアンサー、だった。それは確か。関係ないのだと思うのが一番に大切。十代の私にとって、大人に従うのも反発するのも、そもそも私の中で暴れまくっている焦り、なんだかよくわからないけれどふつふつお腹の底で沸騰している苛立ち、それらとは、まったく別次元の話だった。さっさとそこに立ち向かわなきゃいけないのにいつまでも大人への嫌悪感だとか、大人へのコンプレックスだとかの渦にぐるぐるぐるぐるのまれて、流されて。そういう話じゃないんだよな。私は私の人生を生きていて、道標なんてなくても歩けるんだよ。公園と同じだよ。
    
ときどきあほらしいような本、人生観がかわるっていうか、人生観とかどうでもいいな!と思わせてくれるような本を勧めてくれる大人がいて、そういう大人には、この人、教育する気ないな!とも思ったけれど、でもどうせならそういう大人になりたいと思った。で、そういう本はたいてい最高。最高な音楽や最高な小説や最高な絵は、いつだって「どうでもいいな!」をくれる。突風で私というものにこびりついたすべてを、吹き飛ばしてくれる。