「ただの愛」

先月、映画『マティアス&マキシム』に宛てて詩を書く仕事をいただいて、でも映画を観た後はその映画がとても好きだから書きたい、という気持ちしかなかった。詩は、二人の映画の中にある関係性を何度も思い出して、静かな湖の底を見るように、奥へ光を届けるように言葉を選んで書いていた。一番傷つくところを曝け出してしまう相手となったとき、その人を愛したのだと気づいてしまう。けれどそれを、単なる苦しさとして描かない詩にしたいと思った。それは、私にあの映画が促してくれたことだった。
    
ドランはこの映画について「ゲイについてではなく人生についての映画だ」と言っている。「これはただのラブストーリーなんだ」私も、そうだと思う。愛は愛だよ、ゲイの映画にある愛だって、ただの愛だ。でも、それをずっとそう見ようとしなかったのはヘテロ側で、「ただのラブストーリー」という言葉はそのグロさに対する言葉でもあるように聞こえた。
   
今日、映画のマティアスとマキシムの二人の写真を、異性愛カップルに置き換えたイラストがプロモーションとして公式から出て(描いたのはよく読む漫画家さんだから余計に悲しい)、それを見て、彼らから「ただの愛」を奪うことをしないでほしい、と思った、なぜそうする必要があったんだろう、それは「ただの愛なら同じだ」という理屈なんだろうか?そうやってまた、奪っていくのだろうか?愛に互換性はない、二人の間にあるものが他の誰かに当てはまるわけもない、それらはその二人が存在して生きてきたからこそ芽生えるものであって、二人の人生全てがそこになければ生まれないものだ。人生に、性別が関係ないわけがない、二人が男性であることが二人の人生に関係ないわけがない。そしてその二つの人生によって生まれた愛、だからこそ、それは「ただの愛」なんだと思う。
    
生まれてきて切り離せないものはそのときからすでに、たくさんある。肉体もそうだし、環境もそうだろう。けれど(理不尽な差別や暴力に晒される場合を除いて)、それらが自分の人生全てを決めてしまうわけではない。でも決して完全に、自由になるわけでもない。もはやそれらと自分を切り分けることなんて不可能で、でもそれでも生きる「ぼく」は「ぼく」であり、「きみ」は「きみ」だ。属性そのものが名前になるわけもない。いくつものことが決まっているのに、それでも未来に向かって生きているのはなぜなのか。不確定なものにこそ、「ぼく」は「ぼく」を見出しているから。確かな過去や属性を捨てていけるわけではない、無視しているわけでもない、でもそのままで不確定さに向かって生きていけるから、「ぼく」は、「ぼく」であることに失望せずに済んでいる。
    
愛は、まっさらではない人生を抱いて、それでも生きる人の見る「未来」そのものによく似ている。人生全てがそこにあるのに、瞬きの刹那にしかないような真っ白なものを二人が共有するから、愛は鮮烈なんじゃないかって思う。ともにいたいと思う、ともに未来を見たいと思う。過去や属性の全てを受け止めることなんて不可能に近いけれど、それを抱えたまま生きようとするその人の、未来をともに生きたいと思う。他者の不確定なものを、その人が「生きる」瞬間と同じぐらい、強く信じている。過去の集合体として「あなた」を見るのではなく、これから生きるあなたの時間にこそ、「あなた」を見出す。だから、その愛は「ただの愛」として、まっさらなものを背負っていけるんじゃないだろうか。
   
過去や属性が、愛の形を決めてしまうわけがない、その先にある未来へ向かおうとする愛情は、いつも「ただの愛」として、透き通っていくみたいにそこにある。それでもそれらは、誰にでもあてがえるものではなく、二人だけのものなんだ。二人が生きていたから、そこにある。二人が生きて、その上で未来を見るから透き通る。二人の人生にあるものが、無関係なわけがない。
   
ゲイについてではなく人生についての映画だとドランは言っていた。ただのラブストーリー。それを「ゲイの愛」としてしかみいださないことと、それを「ヘテロの愛」と同義だと置き換えてしまうこと。二人には二人にしかありえない愛情があって、それが芽生えた瞬間のことを思い出す。二人がその瞬間まで生きてきたこと、そしてそれからも生きていくことが描かれて、それでも愛は「ただの愛」だった。二人の人生があるからこそ、その愛はどこまでも「ただの愛」だった。未来に向かっていたんだ。あらためて、素晴らしい映画だったと思う。映画館で早く観たいって、今、強くそう思います。
   
  
私が書いた詩はここで読めます↓
https://www.instagram.com/p/CEbfElhhoJd/?igshid=1gngfe56upwy3
   

書かれる恋

『一等星の詩』という本で保坂和志さんが書いてくださったサザンの歌詞についての文章。恋をすることと、歌詞の中にある恋愛について書かれていて、「自分の恋愛よりずっとたくさん歌の歌詞を経験した気がする」という一文がある。歌詞の中にある「恋」こそが、自分の中に「自分自身の恋」として残っていく可能性。歌詞の中の恋の経験が自分の恋愛に重なり、時には補うこともあり、もはや現実だったのか歌詞だったのか、区別がつかなくなるような恋愛のこと。
 わたしがそれを読んで最初に思い出したのは、百人一首における恋の歌だった。お題として恋があげられ詠まれることもあれば、自らの気持ちを相手にぶつけるために詠まれた恋の歌もある。それらはどちらも作品として残るし、虚構としての恋の歌と、もはや相手への干渉として生まれた恋の歌がこのように並列にあるのは不思議だと感じていた。簡単に言うと、後者はそれを耐えられたのだろうか、ということが気になった。歌のために虚構として生まれた「恋」が「わあ、キュンとしますね」って鑑賞されるのと、今にも恋によって死にそうな人が、相手にすがるような思いで書いた恋の歌が、鑑賞者にとっては同じ位置にある。しかしこのことに異物感があるのはわたしが「現代の人間」だからなんだろうなとも薄々わかってはいたんだ。
 恋愛で死にそうになることはあるけれどでもそのことが、今ほど大ごとではなかったのではないかと感じる。大ごと、ではあったのかもしれないが、生活と地続きの大ごと、だったのではないか。恋愛というものが日常の一部として染みついていて、そりゃ人なんだから恋で死ぬこともありますよ、ぐらいの感覚であったのかもしれない。他者の「恋」という出来事を、イベントとして鑑賞すること、自らの恋愛とそれを重ねて、知っていたり知らなかったりするそのシチュエーションに何かを思うことはそんなになく、恋という芯の部分だけを、当時の人は見ていたのではないか。誰がどうしたから生まれた歌だということより、そこに書かれた恋心だけが、ぶつかってくる。和歌における恋はそうして鑑賞され、だからそれが事実だろうがフィクションだろうが、あまり関係がなかったのかもしれない。恋愛というもの自体が特別で、非日常的で、どこかそれらに幻を見、その幻を追うように恋をする今の人は昔の人からしたら、みんな平等に恋に「重い」んでないか、なんてことを考えていた。
  
 このことを保坂さんに編集の熊谷さんを通じてメールしたら、ちょうど群像に掲載される連載「鉄の胡蝶は記憶の夢の歳月は彫るか」に、作品という場における「恋」について書かれたと伺った。この文章はまさにその連載を読んだからこそ、書かねばならないと思って書き始めたものだったりする。
  
(そのことに触れる前に同時期に読んだ現代詩手帖9月号における、豊崎由美さんと広瀬大志さんの対談についても触れておきたいのです。この対談で、最近の現代詩から恋愛詩が減ってきているという話があった。それは詩を書く人間の年齢がだいぶ、上がってきたからじゃないか、という仮説が語られていて、私はその中で今恋愛を書く詩人として名前が上がっていて、かつ、私の詩は恋愛をテーマとして読まれる詩がとても多いけれど、私の詩における恋愛は、その内側から恋愛を描くというよりも俯瞰的に離れて描いているものだと、過去の恋愛詩と比較しながら分析されていた(ちなみに恋愛に限らずわたしはわたしの詩に距離を置いているという指摘がこの対談連載には以前もあって、これはその流れだと思われる)。内側ではない、というのはまさしくそうで、ただ、俯瞰、という言葉が本当に合うのかはわからないなあと思う。私は具体的な恋愛を外からイメージしてそれをテーマに詩を書いているわけではなく、そもそも自分が書くのは「きみ」「ぼく」や「私」「きみ」という言葉であり、その言葉は自動的に関係性を連れてくるから、それ以上でも以下でもないのだった。たとえば「きみ」という言葉は不思議で、「きみ」と呼ばれるその人より、その人を見ている「ぼく」「わたし」の意識のほうが強く出ていると感じている。「ぼく/わたしが見つめる人」という定義以上に、求められる属性などないし、年齢とか性別とか、そして恋人であるのかどうかさえ関係なく、言葉はこの定義だけで貫いていけるから美しいのだと思う。(これはこの対談を読むより前に一度Twitterで書いたものでもあるのだけれど、今回のこともやはり同じ話だと思った。))
  
  
保坂和志さんの「鉄の胡蝶は記憶の夢の歳月は彫るか」第25回(群像9月号)にこのような記載がある。

「恋をしない年齢になってもそれを人は書きつづける、それどころかまだそれを知らなくても恋を人は書くことができる、恋を知らない子どもが書いた詩でさえも恋をする心の真ん中を刺し貫くことができる、恋とは恋だと思っているものではない心の何かなのだ」

   
 百人一首における恋の感覚というのは、(描かれているものは重く苦しいものも多いというのに)、とても軽やかで、恋を歌にするという行為そのものが、恋に対して非常にフラットな感覚を持っていたことを感じさせる。以前別のところで和歌についての原稿を書いた時、恋というのは当時の人にとって、「自らの心にひそかに生まれて、意中の相手にだけさらけ出す」ようなものではなく、自分と他者の間に漂うものであり、人がいれば恋があって当たり前と捉える平安の人々にとって、恋心は妖のように京に満ちているものであったのかもしれない、と書いた(字数の関係で消してしまったかもしれない)。実はこの感覚は私たちにも残っていて、けれど、自らの恋や近しい人の恋に、物事が振り回され続けると次第に余裕がなくなって、恋そのものを軽く受け止めていられなくなる。恋そのものが軽くても、自分が恋をするという出来事をドラマのように重く感じて、まるで一つの事件のように受け止め始めてしまうんじゃないか。恋愛というものが特別に見えるのはその物語的な部分であり、恋という感覚そのものはやはり軽いのかもしれない。軽いからこそ、恋愛というものを知らなくても、忘れてしまっても、恋愛の歌に満たされるものがある。恋が飛び石のように自分と縁もゆかりもない他者の感覚をつなげる役割を担う。それは単純に自分に起きた恋の出来事に近い歌にシンパシーを感じるだけでなく、恋という芯にだけある概念のようなそれが、フックになって、知らない恋や、忘れた恋にさえ、自分を近づけてくれるのだ。
   
 恋愛詩がその年齢によって書かれなくなる、というのは私にはよく分からなくて、私は恋というものが、出来事としての恋とはまた違うところでずっと存在していると感じるし、「きみ」という言葉を書く限り、わたしはそれが誰かにとっての「恋の詩」になり得るだろうと感じている(わたしは「恋の詩だ」と決めて書くわけではないのだけど、読む人は読むことでそれを決めているように感じるし、それはとても重要なことに思う)、それにわたしは、友達がいないしひととあんまりしゃべらないし、語りかけることが滅多にないので、じつは「きみ」でもなんでも、他者という存在を感じる言葉を書くとき、それだけで心が、風の吹いた時みたいにざわめいて、すっと何かが変わるのだ。それは恋愛でもなんでもないし、わたしは確かに「きみ」とも「ぼく」とも「わたし」とも遠いところにいると自分のことを捉えているので、その人たちを知ることができないのだけれど、「きみ」と書いたときのこのざわめきがあるなら、「きみ」と書き続けられるだろうと感じる。これはそれだけの話で、恋愛かどうかはわたしにはよく分からないのだった。
   
   
保坂さんの「鉄の胡蝶は記憶の夢の歳月は彫るか」の群像9月号の回には以下のような言葉もあった。

「心は恋しさを向かわせる対象をいつも求めている。
 心は花の美しさを見たり空の青さに感動したりするときにそれを共有する相手を求めている、声に出さなくて心の中で語りかけるだけでもとにかく語りかける相手が心にいなければ気持ちをあらわす言葉は言葉にならない、言葉は記号でなく声で音で歌なのだ、抑揚があってテンポがある。」

  
 声で生まれることを前提とした言葉たちはつねにそれだけで他者を求めていて、それらをそのま書くことができればそれは人の恋心にも自然とつながってくるのかもしれない。恋愛というものが事件や人生の転換のように捉えられる間、恋愛は独立した関係性のように見えるけれど、本当は「言葉を言葉として発する」というそれだけの行為と地続きにあり、そしてもしかしたら恋愛のその果てにあるのもただ「言葉を言葉として発する」であるのかもしれない。言葉を書くことはどこかで恋愛やそれ以外の人の関係性を、地平線のようなところ、自己の中にある「他者という前提」にまで引きずり戻すことに近いようにも思う。たとえ地上に誰もいなくても、他者を前提とした「わたし」がいる。わたしにはそれぐらいが丁度いい、というだけなのかもしれないけれど……。(私は話すのが苦手だから)
   
 和歌はその歌の周囲にこそドラマがあって、例えばその歌を誰々に送るとか、むしろ送らない、とか。作品がコミュニケーションの中に配置されているからこそ、コミュニケーションから切り離されたところで残ることができた。恋をドラマにしていた要素が、作品からすっかり切り離されてしまった。だから余計に今、和歌で恋の身軽さを感じている。作品にするという行為が、恋の身軽さと、個人の感情の重さをうまく分けていたのかもしれない。豊崎さんと広瀬さんの対談にあった「俯瞰」という指摘が言おうとしていたものはわたしの性質ではなくて、作品という枠組みの性質ではないかと思ってしまう。それはわたしがわたしであるからかもしれないけれど……。(だとすれば、やはり私の性質なんだろう。)
   
 個人の出来事として恋をどうしても重く受け止めてしまう、というのは人の当たり前の反応で、しかしそれだけではないからこそ、恋の歌が、わかるところもわからないところも染み渡って、むしろ心地よく感じたりもするのかもしれない。作品の中にある恋愛に「面白さ」みたいなものをかんじるとき、冷静さとか俯瞰とか、そういうよそよそしいものではなく、もっと芯をくすぐられたような感覚がある。それは「恋について書く」という行為にもつながっていて、正確に辿るとそれはもはや恋ではなくなってくる。恋なんだけれど。多分、そういうことなんだと思う。
   
 保坂さんの「鉄の胡蝶は記憶の夢の歳月は彫るか」第25回(群像9月号)を読んでいて、そんなことを繰り返し考えて考えて、考えきれなくなって、ここに書きました。



補足
『一等星の詩』とは福岡での最果タヒ展にて作らせていただいた書籍のことです。様々な人にとって「詩」を集めた書籍です。展示会場で買うことができます。また、9/27まで以下サイトで通販できます。
https://shop.eplus.jp/saihatetahi/all/product-2823/

   

きみ推しという詩

ユリイカ「女オタクの現在」特集に詩を寄せています。
オタク、それから推しという存在について考えたときまず思ったのは「推しのいる幸福」であり、オタクという存在に投げかけられる「幸せになれない」という外部からの「余計なお世話」な視線でした。「私が幸福かどうかをお前が決めるな」という返答は、女オタクにおいてもはや当たり前のものとなっているけれど、でもそれでも(「オタクだから不幸」はくだらない視点だとしても)、単純に人として肉体を持つこと、現在に生きることに起因する、理由のない不安定さや孤独が、自分自身の日々に食い込み、推しという存在や、オタク趣味にそれらの痛みが侵食していく感覚を持ちうる人もいるだろうと感じました。(もちろんオタクでない人にもそういうことはあるし、人は自分が愛する物を通じて、自らの孤独を見てしまうと感じます)そのとき、オタクは完全なる幸福であるというより、オタクというのは「生きる」ことそのもので、そしてだからそこにある個人としての不安定さを無視できない、オタクを外部から否定するための紋切り型の「不幸」ではなくて、ある1人の人間の、個人としての痛みが、推すという行為に影響を与えてしまう瞬間を、詩にできたらと思いました。
そういう詩がこの特集においてどう見えるのかは不安でもあります。個人の痛みとしての詩を書くしかないと感じ、それを書きましたが、この特集の中にあることで、オタクというものをひとつの固まった属性のように捉え、その属性を代表して詩を書いた(ということは私には不可能だと感じるのですが)ようにみられる可能性もあり、そこを打破できる詩になったのだろうか?もうここは完全に私の詩人としての質の問題だと思いますが、とても考えます。オタクでなくても、属性を踏まえた上で個人としての言葉を書く限りこの問題は付き纏いますし、詩を書くことで一つずつでもそこを乗り越えていけたらなと感じます。書けて楽しかったですがプレッシャーもかなりありました。精進しなくては……。しかしそう思えたのだから、私としては受けてよかったと思うのです。読んでみてもらえると嬉しいです。

朝マック詩人

‪最近出たBRUTUS「最高の朝食」特集にエッセイを書いているんです。「最高とか言われても私に書けるのは朝マックぐらいなんですけど…」って言ったら「むしろそういうのがいいんです!」って言われたので朝マックについて書きました。そういうのがいいんや!と面白かったです。朝という爽やかビームを如何に破壊するかで私の一日は始まるのです…。(詳しくは本誌を読んでください)(以下は今思ったことです)
   
食べ物に最高ってものがあるのかはわからない。ただ私は朝マックというものしか受け付けない朝があり、その気持ちは絶対に守ってやりたいと思っている。食べ物をおいしいと思うかどうか、はある程度慣れ親しんでしまうと、少しだけ開いた扉は開けずにはおれない、みたいなそういう「すこしのずれのような気持ち悪さを整えたい」という欲求が鍵となると思うんですよね。食べたい時に食べるものほど、美味しいものはない。本当は、食べてどんな味がするかより、「食べたい」と猛烈に思い出された時に、食べ物という体験は色鮮やかなものになるのです。なぜ、私はこんな話で真剣なんだろう。思い出される食べ物は幸せであり、思い出されるときに味が完全に口の中に再現され、それでも求められるとき、体験としてはすべて完結しているのだが、お決まりの捨て台詞のように実食が求められる。わたしはジャンクフードが好きだが、それはこの「異様に食べたくなる」という部分が強烈であるからだと思う。実食の瞬間が、「わかりきっている」のに、パワフルで、「いつもと同じ」なのに、最新情報にアップデートされる感触があるからだ。非現実的なはずのスパイスやしょっぱさが、なぜか何よりも生々しいものとして迫ってくる。ジャンク!ジャンク!ジャンク!丁寧に、生きているつもりだ。それはこのような感性の反応に忠実でいるということで、わたしは食べたいと思ったとき朝マックを食べる自分が、どんなときより詩人だと思うね。通常はソーセージエッグマフィンがいいんですけど、ストレスが限界に達するとマックグリドルになる。このエッセイはソーセージエッグマフィンについてです。(マックグリドルは前別の本で書いた)よかったら読んでみてください。

12年前に書いた原稿

このエッセイは2008年10月に福音館書店の『あのとき、この本』に寄稿した原稿です。来週、初の絵本が発売になることもあり、久しぶりに再読しました。良かったら読んでみてください。


愛情のアルバム  最果タヒ

 私はいまだに絵本の教育的役割が理解できていない。むしろあのお話はいったい何がしたかったのだろう、と思うことのほうが多い。本屋で催される絵本フェアで子供と肩を並べ、新作を読むような私にとって、絵本はただたんに絵のついている素敵な本でしかないのだろう。だから「あのとき、この本」のお話をいただいたときは、とても困惑したものだった。
 いったい何がしたかったのだろう、なんて思った一冊に、私が最も大切にしている『しろくまちゃんのほっとけーき』がある。ただしろくまちゃんが友達とほっとけーきを作るだけのお話だ。異世界の冒険でも、王子様が出てくるロマンスでもない。けれど私は高校生のころ、その本が部屋から無くなっているのに気付き泣きながら探し回ったことがある。大して読み返すこともなかったのにと、その狼狽振りに私自身びっくりした。そこまでしろくまちゃんが好きだったのだろうか? ほっとけーきが好きだったのだろうか? いや違う。私が好きだったのはその絵本を読んでもらった記憶だった。母のひざにのって読んでもらったあの記憶が、私にとって決して手放したくない存在だったのだ。
 昔の絵本には、幼いころ与えてもらった親からの愛情が詰め込まれているように思える。自分が愛されていたんだな、元気に育て、幸せになぁれと思ってもらえていたんだなとわかるのが年を経てそれを開いたとき。アルバムなんかよりもずっと、それはリアルでわかりやすい。なぜなら幼い子供は写真などに残る視覚的な世界ではなく、もっと深い感覚の世界で生きている。子供のころに親のひざにのせられて、読んでもらった絵本のほうが写真よりもずっとあのころを思い起こさせるのだ。
 私は幼いころ毎夜母のひざに乗せてもらって絵本を一冊読んでもらっていた。母の選ぶ絵本は記憶に残るあたたかさを持つものばかりだったように思える。私にとって絵本というのは、本という存在だけではなく、母からの愛情そのものだった。愛情がはっきりと形あるものとして在り続けてくれることはなんと幸せなことだろうと、今では母に感謝している。



ちなみに絵本刊行に際して、河出書房新社のサイトで今年書いたエッセイは以下です。
http://web.kawade.co.jp/bungei/3645/

絵本『ここは』よろしくお願いいたします。
6/26発売ですー。





感傷が嫌

しんどい、なー、しんどいとなんで全部が全部嫌になるのかな、別に誰もこっちなんて見えてないんだけど、過ぎていく時間も他人も自分を捨てて行ってしまう感覚というか、たぶんしんどくていろいろ手放したところに残る感覚が苛立ちとか不満とかなのかもなー、眠りたいけど世界が嫌いすぎて眠れないんだ。

不快なことはそりゃ大量にあるわけだが、それに対する耐性がだいぶ下がっていて、マジですぐに怒ってしまうし、本当に嫌、よくわからん理屈で悲しくなったり自分の無力さを実感したりして、1日動けなくなったりとか本当に嫌、もちろん怒る自分より不快なことに対しての「嫌」「おかしいぞそれ」もあるし、それがなくなったらおしまいだともおもうが、でもそれとは別で自分の苛々に「もう黙れ、寝させて」という気持ちにもなる。怒り続ける体力もないのに怒り続ける自分の頭の中に、「いい加減にしろ」とそれこそ怒っている、どうして最後に残るのがこういうネガティブな感情なんだろう、そんな体力一ミリもないのに、体力がない時ほど自分を庇うことができない。感情から庇えなくなる、感情と自分は別だ、こういう疲れた時に思い知るけれど、感情に振り回されている側だ、わたしは。わたしは疲れているし疲れているのにより疲れるような気持ちになる。この時に自分はとっさに何か自分を守る行動を取れるんだろうか、たぶん取れないと思う。他人に怒りをぶつけないとか、黙っておくとか、そういうことはまだできるけれど、自分がその怒りに飲まれないようにする、ってなかなかできない。怒りを我慢するのではなく、怒りを止める、なんてできないんじゃないか。

結局喜ばしいものや、アホらしいものをみて、忘れてしまうしかなく、そんな体力がない時、雨が降っていたり、蒸し暑かったり、友達がその日だけ連絡取れなかったり、ゲームで大失敗したり、パケ死したり、そういうのが続いた時、パンクするんじゃないだろうか。一個ずつは大した問題ではなくても、自分の中にある別の、理不尽などうしようもないネガティブな感情を、受け流せなくなったとき、その対象にめちゃめちゃに怒ってしまったり、自分がめちゃめちゃに嫌になったり、やけくそになってしまったり、するのかもしれない。そういうのってバカみたいかな、嘘みたいかな、でもなんか携帯の電波がおかしくなったとき、「全員嫌い」って思ってしまうことはあるし、私はそういうきっかけで自分が躓くのがすごい想像できて、小さな違和感、失敗、圏外が最近めっちゃ怖いんだよな。それをしんどさだと捉えている、自分が、自分のわからなさに怯えているし、強くも賢くもないわ、こっちは、破裂する風船みたいなものを持っている心地です。だから、まともなことを言っている人たちがときどき、すごく怖い、完全に勝手な話なのだけれど。自分の歪んだ目で見たものだけで統一したいと感じる、情報にみえるものが、フラットな絶対的な、ゆらぐはずのないものが、どれもこれも全部怖いのだ。

飽きてOK

‪ずっと書き続ける作家を、読み手がずっと好きでいるのはむしろ難しいことだと思う。だから、好きじゃなくなったとか、昔の方が良かったと言われるのはすごく、すごく自然なことだ。さみしいはさみしいけど。互いに変わっていくし、その方向性まで同じことなんてほとんどないよ。ただ、自分の好みじゃなくなっただけだと思うのに、「最近のテーマは無理してる」とか、「読者に無理に合わせすぎ」とか、こちらが間違っているみたいな言い方をされるのは、なんでなんだろう、って悲しくはなる。わたしは書きたいように書くし、書いたら書いただけ言葉は蓄積されていくから、変化は自然発生的に起きていく。私はその変化に驚かされるのが楽しいから、まだ書き続けている。変わらないなら、新たに書く意味もないし、退屈すぎる。むしろ、作り続ける人間が、過去と変わらなかったらそれは偽りだと思う。好きだと言ってくれていた人たちが「今のはそんなに」っていうのは、そりゃさみしいことだけど、でもむしろ一瞬でも好きだと思ってくれたことを私はすごいことだって感じる。奇跡的な交差だと思っている。他人が書いたものを「いいな」って感じるってすごいことだよ。ありがたいです。そういうときのために、本はあるのかもしれない。その人にとって特別な本だけ、その人の手元に残るなら、それこそが完全だと思うんだよね。もちろん、今の本も読みたいって言ってくれる人もありがたいです。でも、「なんか好きじゃないかも」ってなったときに、気にしないでほしいなと思います。わたしも10代の頃とか、好きだったはずのアーティストとかで、なんかこれ好きじゃないぞってなったとき、すごく無理してしまって、なんとかファンとして振る舞おうとして、自分が悪いような気がしたり、感性が鈍ったのかとか思ったり、いろいろ相手を心配したりしたんですけど。何もかも好きでなくても、最新もすべて好きでなくても、相手の変化を受け入れられなくても、「好き」と思ったときの「好き」は、ずっと永遠です。作品はずっと残り続けるから。そしてその「好き」はわたしにとってずっとずっと嬉しいものです。

わたしは、どうして自分の作品を読んでくれる人がこんなにいるのか、本当はよくわかっていなくて、ありがたいけれど、その人たちがずっと満足するものを書き続けられるかはわからなくて(というか無理だと思ってます)、わたしはわたしが楽しいから書いている、という勝手なところがどうしてもあるから、多分いろんな人がこれから「今のは別に」って言っていくんだろうなと思っています。それと同時に「昔のはそんなにだったけど」って、今の本を手に取る人もいるんだろうし、そういう状況をどちらもありがたいなって思っていたい。読まなくなった人も、これから読む人も、すごく、すごくありがたいです。そして、わたしはずっとわたしなので、これからも頑張って書いていきたいと思っています。