ハートネットTV「ぼくの日記帳」

夏休みを迎えて、少しだけ呼吸が楽になった、それでも、その時間はいつか終わってしまうのだ。痛みの存在はこんなにもよくわかるのに、どうして、それに対する言葉や行動は、なかなか見つからないのだろう。NHK「ハートネットTV」では、今日から「ぼくの日記帳」という投稿サイトが始まりました。これまで誰にも言えなかった、言ってはいけないと思っていた、もしくは、話しても誰もわかってくれない気がして蓋をしていた感情を、ゆっくり自分のペースで言葉にしていける場所です。私はその1ページ目の言葉を書かせていただきました。また、その言葉を書くにあたり考えていたことを、今日放送されたハートネットTVにて、コメントとして寄せたので、以下に転載します。
  
  
私は十代のころ、思いつくままに日記を書いていました。インターネット上で、現実の知り合いには誰も気づかれない場所で。誰かにわかってほしいとか、誰かに慰めてほしいとか、そういうことではなくて、ただ思いつくままに書いて、それが心地よかったのです。自分がこんなにもたくさん言葉を胸にいだいていたのだということを、書き始めてから知りました。それまで、思いもしなかったことを書いたこともあるし、そうして未知の自分に言葉ごしに会うことが嬉しかった。
教室ではつい、友達の意見に同調してしまう、嫌だと思うこともなんとなく受け入れてしまって、次第に嫌だと思えなくなる、自分の一部が死んでしまったような気がしていました。他人に「間違っている」とか「正しくない」とか言われるのが怖くて、自分の味方を増やせるように、正しい発言ができるように、言葉を選び続けていました。うまく言葉にできない、正しくはないかもしれない、でも私にはとても大切だった曖昧な気持ちを、そうやって全部捨ててきたのです。私は、自分がただ外面をよくしているつもりでいても、それが内側にまで染み込んで、もう私が私でなくなってきていることに気づいていました。それが何より恐ろしかった。でも、教室でそれをやめることはできなかった。だから私は、書くという行為で、私そのものの言葉が顔を出した時、すごく安心をしました。私の感性は、これで生き延びることができると思ったのです。
だれにも見られない場所で、評価とか正しさとか気にせずに、書けたことが何よりよかった。みんなに合わせて生きていくと、どうしても苦しくなる、辻褄が合わなくなる。自分が自分ではなくなって、処理しきれなくなる気がしていた。今回、このお話をいただいた時、私はそうした苦しかった十代の頃を思い出していました。言葉を書くならば、誰のためでもなく、もやもやとしていてもいいから、わかりづらくてもいいから、そして、身勝手でも、間違っていてもいいから、自分の中にある自分だけの気持ちを書いてくれたら、と思いました。あなたの感性を、守り抜いてほしい。私はそうした言葉が何よりも、美しいものだと思っています。そうした願いを込めて、今回の言葉を書きました。
  
  
「ぼくの日記帳」はこちらから見ることができます。
https://www.nhk.or.jp/heart-net/831yoru/
また、私の書いた1ページ目はこちらです。
https://www.nhk.or.jp/heart-net/831yoru/diary/diary001.html
  

お前が見るもの、みなお前。

‪これは感情の一種だと思うんだけれど、「何かを発したい」「しかし何もここには無い気がする」という衝動に襲われることがあって、多分大きなトンネルか筒が自分自身で、風がそこを通り抜けることで、声でも歌でも無い音が発せられるような感じ。そういう時のもどかしさは、そのもどかしさそのものをアウトプットできてこそ、やっと散って消えるものなのであり、だとしたらアウトプットができて時点でもどかしさは変わってしまうのでは?とも思う。(もちろん物を作るということや人に自分を見せることを日常的にしている人なら変わってくるのだろうけれど。)そういうときに手元にスマホがあり、自分の見ているもの、自分にインプットされていくものを、そのまま写真に撮って、アウトプットできるというのは意味があるのだろう。インスタグラムを見ているとそんなことを思う。‬
  
わたしはドラエフォンがでたころが小学生で、PHSを中学の頃に持ち、ソフトバンクがボーダフォンだったころが高校時代で(今でもわたしの尊敬する友達のメアドはボーダフォン、感動しちゃう)20代になってからスマホが現れた。ガラケーのころの写メはほとんど使わなかった。印刷してもよくないし、やっぱり写ルンですかデジカメを使っていた気がする。でもそれでもやっぱり写真ってあんまり価値がなくて、「撮りたい」と思うその時の衝動のためにシャッターを押すから、見直したり、現像したりなかなかしなかった。わたしの家には現像をしないまま十五年が経つ写ルンですが5つあります(英訳せよ問題のような日本語だな)。撮影するという行為はやっぱり自分のものではなかった。テレビとか世界にあるポスターとかが特別で、自分はその真似事をしてるって感じだ。撮影したものに価値はなかったし、なんか無性に腹が立ったな。自分の指とか入ってるともうグロッキー。たぶん、これはカメラの性能とかだけでなく、生活とレンズがどれぐらい近かったか、気軽だったかが関係している。あのころのカメラは手足ではなかったな。自分の手足にはなってなかった。
しかし自分に入ってくる情報をそのままでアウトプットできることなんてそうないのだ。カメラもそうだし録音機器もそうだけど、聴覚や視覚がそのまま形になるのは異様に気持ちいい。それに、クオリティが上がれば上がるほど、自分のことすらも表現できた感覚になるのはなんなんだ?たぶん、今と昔の違いはそこにあるんだろうな。そこで見たまま、そこで聞いたまま、記録できた場合、そこにいた自分の感覚とか、自分というフィルターとかはほとんどゼロになる。しかし一方で、自分の中に溜まっていた、無意味だが重くてめんどくさくてどろどろしたものが、ざばーとながされていった感覚があるんだ。あれが爽快感。たぶん爽快感。たぶん見えていたものが記録として残ることでそこで動いていた自分のひとみ、感情を、いつでも辿れるようになったことが大きい。そういえば十代の頃は、頭の無意味でランダムな思考回路をそのまんまで記録していくのが書くことだと思っていたなあ。読み直したときにあのころの心臓の音とか思い出せたらいいなあって。
  

言葉と、言葉の形について。

言葉というのは言葉単体では本当は存在ができない。声とともに、波としてこの世界に流れ込むか、文字とともに、結晶としてこの世界に流れ込むか。どちらにしても、声や文字の形によって言葉は、言葉以上の何かに変容するし、その影響を無視することはできません。
  
私は詩を書く際、それが縦書きなのか、横書きなのか、散文の形だとしてもどれぐらいの長さで改行していくのかを、コントロールしなければならないと思っています。それは、読む人には言葉ではなく文字として届き、その文字の呼吸が、言葉の呼吸として捉えられていくからです。言葉を言葉のみで見つめることができるのはもしかすれば書いている本人だけかもしれず、それもまた書くという瞬間にしか捉えられない景色なのかもしれません。だからこそ、形となって現れたとき新たに生じた「呼吸」に、私は気づくことができるのかもしれない。本や雑誌に詩を載せてもらったことで、デザインというものが、おおきく詩の呼吸を変えることも何度も経験し、そしてそうした呼吸が、私が捉えていたよりずっとはっきりと言葉を捉える瞬間もありました。デザインは、他者の手によるものです。私は言葉を軸にして、その言葉をどう外へと、壊すことなく出していくかを考えていますが、デザイナーは、外から見る人たちの視線の動き、そして彼らの身体の呼吸を元に、形を作り出します。私が内から外を考えるのとは逆で、彼らは外から内を見ている。通常の詩のデザインは、読みやすさや作者意図を前提に行われたり、掲載場所や色や形式が限られた状況でのものが多く、私はそうした制限の中にあるデザインもとても好きなのですが、もしも言葉とデザインそれぞれが、全ベクトルにおいて自由に、最大限に発揮されたとき、何が現れるのかを知りたくなりました。
  
この夏に群馬の太田市美術館の展覧会の一部として、詩とグラフィックデザインの展示を行います。私が尊敬するグラフィックデザイナーの、祖父江慎さん・服部一成さん・佐々木俊さんに、展示作品としての詩のデザインをお願いしました。言葉が文字という形となるときの変容が、呼吸が、展示室に満ちるものになると思います。それは同時に、言葉が言葉のみであった瞬間も、浮き上がらせるものかもしれません。ぜひ、見逃さないでくださいね。
  

本と美術の展覧会vol.2「ことばをながめる、ことばとあるく——詩と歌のある風景」
会場:太田市美術館・図書館 展示室1、2、3、スロープ
会期:2018年8月7日(火)~10月21日(日)
開催時間:午前10時~午後6時(展示室への入場は午後5時30分まで)
休館日:月曜日(ただし9月17日、24日、10月8日は祝休日のため開館、翌日火曜日休館)
出品作家:最果タヒ、佐々木俊、祖父江慎、服部一成、管啓次郎、佐々木愛、大槻三好・松枝、惣田紗希(9名)
http://www.artmuseumlibraryota.jp/post_artmuseum/2288.html

宇多田ヒカルがいた20年/「初恋」と「First Love」

    
「宇多田ヒカルを聴いて、思い出すのが校庭の匂いなら、きみの幼少期は最高なもの。」
この一節が入っている詩を書いたことがある。私は小学生の頃、生まれて初めて買ったCDアルバムが「First Love」だった。お小遣いほとんど使って買ったそのCD、触る時しばらく手袋してた。新しく発売した『初恋』のビニールを剥がす間、そのことを思い出していた。特別な瞬間があの時、訪れていた。音楽を買うというのはどういうことなのか、まだ何にも分からなかった、それまで欲しいものって、美味しいものとか面白いものとか、ばかりで、なんだかすごく好きで、でも、それがどうしてか分からないもの、そういうものを買うのは初めてのことだった。勇気がいった。それは価値が見合わないからとかそういうことではなかった、高すぎるから、ということでもなかった、自分を自分じゃないものが突き動かしているように思えて、戸惑っていた。私は、私のことをよく知っているつもりだったけれど、もしかしたらそうではないのかもしれない。自分の体が、自分よりも外側へ広がっていく、宇宙や世界と同じものになっていく気がした。
   
音楽がCDという形になっていて、そのパッケージを剥がすというのも不思議な感じ、まるで自分の所有物になったような感じがして、変なの。それで、手袋使っていたのかなあ。さわっていいものに見えなかった。家にあっても、部屋にあっても、自分の机にあっても、音楽は私のものにはならない。なんとなくそうわかっていた。でも、このCDを手にすることで、音楽は、私と同じ時間を生きてくれるのだろう。それは「所有する」ことよりずっと尊いことなのかもしれない。好きだったおもちゃで遊ばなくなったり、仲の良かった友達が引っ越して、手紙もやりとりしなくなったり、終わっていくものが少しずつ増えていく中で、「これから」というものは、私にとってそれなりに意味を持ち始めていたし、だからこそとても儚いものだということを知っていた。だから音楽は尊い。私が忘れなければ、きっとずっとそばにある。忘れたとしても、思い出せばすぐに戻ってきてくれる。そういう「手にする」を経験したのはきっと、「First Love」を購入したときが、はじめて。小学六年生のころ。自分のものにならない、ということがむしろとても愛おしかった、さみしさを消し飛ばす力がそこにある気がした。よく考えれば、すべてのものはすべてのひとは、「私のものにはならない」けれど、「同じ時間を過ごすことができる」。その始まりだったのかもしれない。私はちいさな存在、そうして、私にとっても「今の私」「12歳の私」は一瞬で、消えていく、ちいさな存在。過ぎていくすべてのもの、季節、時間、それらは手をすり抜けていく、出会えば別れがくる、知ったことを忘れていく、好きになったものに飽きてしまう、けれど、私はその先へ行ける。私は「失う」ことなどないから。最初から「自分のもの」にはできないからこそ。私はいつまでもそれらと、ともに「今」をすごすことができる、その可能性を持っている。
   
中学や高校でもっと音楽が好きになって、特にロックが好きになって、心と音楽が共振するような感覚は増えていった。歌われる言葉や感情を、「わかる」と思うこともあった。それはあきらかに小学生の時の音楽の接し方とは違っていたし、あの頃の自分とは違ってきていると思った。私の感性が、校庭の砂が風によって払われて、素肌を晒すようなことだったのかもしれない。でも結局、私はあの頃から私だったのだということを、宇多田ヒカルを聴くと気づくことができる。おんなじではないけれど、確実に変わってきているけれど、でも、時間や世界を通り過ぎてきた「私」は、一本の糸のようにつながって、過去と未来をつなげていっている。あの頃の細胞は一粒も残っていないけれど、私は、彼女の新しいアルバムを聴くと、あの頃のことを思い出す。そうして過ぎてきた20年を思い出すことができる。
   
   
(冒頭の詩の一文は、詩集『夜空はいつでも最高密度の青色だ』に収録されています。)
   

千年後の百人一首

生まれて、最初に、ああわたしも言葉を覚えようと決めたのは、言葉がどうしても必要だったから。当時のことは覚えているわけもないけれど、伝えたいこと、伝えなくてはいけないことが多すぎて、あわてて言葉に向き合ったのではないかなあ、なんて思う。そうして覚えた言葉は、他の人類にとっては使い古された、見慣れたものでしかなかったけれど、私自身にとっては、幼い私にとっては、ピカピカの新品で、それは、伝えたいと思ったことがすべて、私にとっては真新しい物事だったから。人が言葉に触れる瞬間はいつだって、泡がはじけるように「新しさ」がはじけている。はたから見れば、「みんなが知っていること」「もう古ぼけたこと」であったとしても、言葉を勝ち取った瞬間の、にぎりしめた言葉はどれも新品だ。そしてそれはもう、何年も、人類の歴史の中で繰り返されている。新しく生まれて来た人たちのなかで、繰り返されている。十年、百年、千年。人が使う言葉が、いとおしいのは、その言葉がその人にとって、新品だった瞬間が必ずあるからじゃないかなあ。

11/22に「千年後の百人一首」という本がでます。清川あさみさんとの共著です。内容は、ほんとうに、「千年後の百人一首」タイトルの通りです、百人一首を今のものとして、もういちど描きました、書きました。清川さんは百人一首のひとつひとつを、布、糸、ビーズで描き下ろしています(布も糸も、そしてビーズもガラス玉として、千年前にもあったのですよねえ、それがどきどきします)。そして私は、およそ千年前によまれた、百人一首の歌たちを、現代の詩としてひとつずつ書きました。訳しました、ということでもあり、ひとつひとつに詩を書きました、ということでもあり、それぞれの歌に飛び込んで、その奥にある感性や感情や意思を、その人が生きていた頃、その人が言葉を勝ち取った瞬間の真新しさに触れるまで潜り続けることでもありました。「千年も昔のひとも、同じような気持ちを抱いていたんだねえ」と言うことは簡単だけど、でも、本当は、同じではないのですよね、同じ今に生きていたって、みんなばらばらなんだし。でも、今隣にいる人たちの心情が、遠くても見えないわけじゃないように、千年前の人たちも、見えないわけじゃない。わたしは、その人が生まれて、伝えたいと思って、言葉を一つ一つ手にした瞬間、そのきらめきに触れた上で言葉にしたかった。一般的な概念としての愛やかなしみではなくて、その人が見つけた、その人だけの愛やかなしみを、そのときの新しさのまま言葉にするしか、方法はないと思った。最初話をもらったとき、途方も無いことだ、ととにかく思って、緊張して、それから、どうしようもなくわくわくもした。恐れ多いよ、でも、恐れ多いほどの深い海が、こんなにもいくつもあって、私はそれを今から潜るのだ、わくわくしないはずがなかった。ひとつひとつ書いているときは本当に完成するのだろうか? と不安でもあったけれど、清川さんとともに作ることができたから、きっとやりきれたのだろう。実際に打ち合わせで見た清川さんの作品は、本当に繊細でいて、それでいて、「生活」の気配がした。それは糸や布を使っているからなんだろうなあ、と思う、縫うという作業が自分の生活の延長線上に想像できるからだろうなあ。それはそのまま時間を遡って、千年前の生活にもつながっていく。震える糸や、光を反射する縫い目たちの、あの存在の仕方には千年前のあの場所にもありえたような、そんな予感がした。絵を見てから書いた訳もあるし、訳を書いて、それに呼応するように絵が届いたこともある。百人一首の作者たちの息吹と、そして清川さんの作品が、絡み合って、私はそこで言葉をかけたことが幸せで仕方がありません。今、こうして、できあがりました。ああ、11/22に出る! うれしいよ、見てほしい、読んでほしい。そしてブックデザインは祖父江慎さん+ 藤井瑶さん。解説は網倉俊旨さんです。予約受け付けは始まっています。本屋さん、ネット書店さん、いろんなところで始まっていますので、どうぞよろしくお願いいたします。

千年後の百人一首

千年後の百人一首

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愛の縫い目はここ

更新滞りの介!申し訳ないの介!(遊んでたわけじゃないんだ!)
  
おひさしぶりのタイミングでなんなのですが、明日7/27、新詩集『愛の縫い目はここ』が発売になります。
『死んでしまう系のぼくらに』と『夜空はいつでも最高密度の青色だ』に連なる詩集3部作完結、ってことになっています。3部作。もちろんこのあとも詩は書くし詩集も出していくけれど、いままで、大きな一本の川とともにあるような感じだったんですね、でも次第に川は枝分かれもして行っていて、今より広く、いろんなところへ流れていこうとしている気もして(連載を同時期に複数のところでやらせてもらったりしてるのもあるかな)、きっと詩集を出すということがまた違う形になっていくだろうな、と思って、今回いったん「完結」という形をとりました。
  
詩集を作る、編む、というのはやはり特別なことなんだな、と今回改めて思いました。私は「詩集を出すぞ!」ときめたら、その中身が全部揃わないうちにタイトルを決めるのですが(ていうかそういうスケジュールになる、自然と。デザインとか並行して進めるので。)、今回のタイトル「愛の縫い目はここ」は、おっ、これいいかも、と思った時にはほとんどその言葉の中身を切り開いて見てなかったのだけど、まるでそのタイトルの内側を私より詩が知っているかのように、タイトルを決めた途端それに合わせて詩ができていく感じもしました。「あっ、糸って言葉を気づいたら書いてる」とか。デザインラフが上がって来たら、「縫い目」からでてきた波線のデザインが、「海」もイメージさせて、「あっ」と詩の方を見たら、海が軸となった詩もいくつかあって驚いたり。あとがきも、これは読んでみるとわかるんですけど、タイトルと関係しているんですね、読んでみてね、としか言えないですけど。これも、そんなつもりなかったのだよなあ、タイトルに呼ばれたように書いていた。でもそうやって書いたものが、それこそが芯にあるものだ、とも思った。私は私のことも言葉のこともよく知らないのですよ、それらのことを信じてはいるけど。やっぱり言葉は私のものじゃないし、勝手に動いて、私が把握しきれないほどの、歴史上培ってきた意味を内包しながら、運動しているのだなと思う。生き物ともちょっと違うな。大気の分子は常に飛び回っていると言いますけど(高校物理)、その「運動」をイメージしてます。いろんな人がその言葉を使うことでいろんな方向に加速度がつけられたその言葉が、今も飛び回っていて、私はそのスピードに引きずられながらしか言葉を使えない。それが快感なのだけどね。とにかく今回はタイトルに呼ばれるように詩ができ(おかげで今回書き下ろしがいままでで一番割合的に多いです)、それがまとまり、本になっていくことがいままで以上に極端で、書いている側としておもしろかったです。インタレスティングです。詩集というのは詩を集めるだけのことではなくて、もっと別の意味があるんだろうと思う。 予定通りになんてなるわけないしならなくてよかったよ。しかしあんまりに経験としておもしろかったのでこうやって書いてますけど、私以外にはたぶんこの「おもしろかった!」は伝わらないだろうな。で、そのぶん出来上がった本が読んでくれた人にとっておもしろければいいなとおもいます。
  
目の前に湖があって、そこに石を投げ込んだら波ができると思うんですけど、できるだけ大きい石を投げて大きな波を作る、というようなことだけを考えて、いつもタイトルを決めていて、要するにその石がどんなものでどこにあるかとか深く考えずに作るようにしているんです。圧みたいなもの。それが詩集を完成させるまでのエンジンになるので、馬力が必要なのだとおもいます。感覚で喋ってますが。「夜空はいつでも最高密度の青色だ」は、「青色の詩」の抜粋なんですけど、あれはタイトル考えていた時に、「夜空はいつでも最高密度の青色だ」って書いたらそのまま詩の続きができたんですよね。ようするにタイトルとして作ったのが先です。ついでに「死んでしまう系のぼくらに」については、「このタイトル通り詩には死が多く登場する」ということをインタビューで記者の方に言われて、それまで死が多いとか思ってなかったんでびっくりしたのを覚えています。今回はぬいぐるみを洗ってたら縫い目が乾かなくて「縫い目!」って独り言言ってたら、「愛にも縫い目があるのかな?」とふと思って、それをそのまま採用したんですけど、それがすごい速さで言葉として、詩集とともに完成していった感じがしていて、ふしぎでした。だからか「詩集を作った!」という感触がすごいです。詩集が詩の単位としてではなくて、詩のもう一つ上のレイヤーのものとして、階層が違うところでまた別の詩ができていったかんじがします。もや〜言ってること伝わってなさそうで、もや〜。いいんです、人に伝わるように話すことはできないと小さな頃から気づいていたぜ。でもだから詩を書いているのかもしれないし、伝わるか伝わらないかも個性なんだぜ。詩集「愛の縫い目はここ」ぜひ読んでみてくださいね。そうすればとにかく、この感触だけは伝わるような気がするし、それが実は本題なんだよ。すべてが、このタイトルのためにあったようにさえ思うような、それぐらい編み込んだ詩集です。(「縫い目」なのにね!)
  
よろしく!
  
  
ちなみに……店頭で購入すると先着で特製ポストカードがもらえます。
くわしくは以下のサイトをみてみてね。
http://www.littlemore.co.jp/news/books-magazines/201707261238.html

それでも町は廻っている

漫画「それでも町は廻っている」が終わってしまった。私はこの漫画が本当に好きで、手放しで「好き!」と空に向かって言いたいぐらいに好きで、だからこそ、終わってしまったら私は本当に心に穴が開いてしまうのではないか、と不安で不安で、その悲しさで泣きながら読み終わるかもしれない、とここ数日覚悟だってしていたのに、今、読み終わって、確かに予想通り泣いてしまって、でもその理由は不安でも悲しみでもなく、おもしろい、途方もなく最後まで面白くて、すべてが満たされていくように終わったから。大きなゴールがある物語ではないし、終わらないでくれ、と祈ることはもちろん可能で、サザエさんみたいに永遠という時間軸を生きて欲しいと思わないこともなかったけれど、それでも一方で、この物語が完結しなければ手に入れることのなかった感情が、あったんだよなあ、溢れていた。物語が終わること、それを見届けることがこんなに幸せなことだったなんて思いもよりませんでした。本当の意味での「それでも町は廻っている」。本当の意味で、私の中に、登場人物が、町そのものが、息づき始めた瞬間だった。
故郷や昔住んだ町を、ふと思い出して、今でもあの町は、あそこに住んでいる人たちは、私が何を思おうが、何を願おうが、思い出そうが思い出さないでいようが、全て関係なくただ時間の流れとともにあり、あるところは変わっていき、あるところは変わらないでいく。自分の瞳にとびこんでこなくても、情報が入ってこなくても、その町にも時間が流れているのだということを考えて、さみしいけれど、心強くなるようなそんな感覚って確かにある。生きていると、知っている町は増えていくし、そうして人の気配を、生きるという行為だけで、時間を過ごしていくという行為だけで、ふと感じ取ることができるのは幸せなことだ。時間そのものがただの数字ではなくなっていく。
この漫画によって、この漫画の完結によって、私はそんな町をひとつ、手に入れたような気がしている。もはや登場人物の行動を新しく知ることはできない。人間模様がどうなっていくのかを、はっきり知ることはできない。最終巻でも新たな不思議は登場し、未来の気配も残している。それでも、それはあくまで気配で、確定などされてはいなかった。今から見える私の未来と同じように不確定だった。期待や不安だけがある。終わりはすべてに決着をつけることでも確定させることでもない。丸子町(この漫画の舞台)の全ての部屋の時計が、全ての人の腕時計が、終わるその瞬間も動き続けていた。その状態で「さようなら」と言ってくれたならば、私はこの町を、永遠に生き続ける町として、お別れすることができる。これからも時間の流れにさらされ続ける私にとってこんなにも嬉しいことはない。

そうしてだからこそ、この物語でついたある1つの決着は、「完結」ではなく、登場人物の「人生の節目」として鮮烈だったなあ。何度もそのシーンを見直して、この全16巻を大切に、大切にしようと思った。石黒正数さん、本当に素晴らしい漫画をありがとうございました。

それでも町は廻っている(16) (ヤングキングコミックス)